泳いだ視線を戻すと、あの人は視線を避けることなく、ボクを直視している。


なにかあったんですか?


「そうね、人生に疲れちゃったかな」

ボクにできることはありませんか?
もちろん、いっしょに死ぬこと以外で。

「ん、キミはなかなか頼もしいぞ」

ちゃかさないで下さい。

「だよね。 うん、大丈夫。
ごめんね、変なこと言って」




「ひとつだけ、お願いを聞いてくれる?」

もちろんです。

「私を抱きしめてくれない」

ボクはすぐに席を立った。
テーブルを回り、あの人の前に立つと手を取り、立ち上がらせた。

そして、有無を言わさず強く抱きしめた。




「そんな・・、こんなところで・・・」

ボクは力を緩めた。
立ちつくすあの人の肩を支え、座らせた。

回りの視線が痛い。


あの人は下を向いたままだ。

ボクは言葉をかけた。

ごめんなさい。

「ううん」



顔を上げたあの人は目に涙を一杯ためていた。

「ありがとう。これで生きていけそうな気がする」





本当は知っていた。




あの人と親父がいっしょにいるところを三ヶ月まえに偶然見かけていた。


      おわり