部屋に入って椅子に腰掛けると、奈美恵がすぐ横に座った。



「広いんだから、そんなにくっつかなくてもいいだろ。」
「律樹、キスしてよ。」
「は?」



何の前触れもなく言われ、俺は眉間に皺を寄せた。



「いいでしょ?キスぐらい。律樹にとってキスなんて挨拶みたいなものだったじゃない。」



奈美恵の言うことは正しくて、反論できない。



確かに俺にとってキスなんて挨拶代わりだった。



初めて景にキスしたあの時も、軽い気持ちでやった。



特別なものなんかじゃなかった。


でも、



「それはできない。」


今は特別なものだ。


一番大切な人にしかキスはしない。


だって景が悲しむから。

キスの大切さを知ってしまったから。



「なんで?今まで散々…」
「お前、俺のこと好きなんだよな?」
「そうよ。」
「本気で?」
「そう言ったじゃない。」



そうかと頷いて、俺は奈美恵に真っ直ぐ向き直った。



「俺は本気で景が好きだ。景以外はいらない。景じゃなきゃダメだ。お前が本気で俺を好きなら、分かるだろ?」
「……………」
「はっきり言う。お前じゃダメだ。景を傷つけるとしても、俺は……景だけが欲しい。」
「バラしてもいいの?」
「好きにすればいいさ。それで景が傷つくなら、それ以上に俺が守ればいいだけだ。」



数秒の沈黙があった。



それを破ったのは奈美恵だった。



「つまんない。本気の律樹なんてつまんない……」



そう言って呆れたように笑った。