リアル

 玄関のドアを開けると母さんが居間から顔を覗かせていた。犬が凄い早さで走ってきた。
「おかえり」
 俺はその声に小さく頷いて、そのまま二階に上がろうとした。
「ヒロ、あんた御飯は?」
「いらん」
「いらんってあんた、昨日の夜からなんも食べちょらんやん」
 眉毛を下げながら母さんが言う。
「いまいらん、腹減ったら食うけー」
「なんか食べんと駄目よ」
「うん」
 まだ何か言いたそうな母さんから目を離し、階段を駆け上がり部屋に入った。畳んだままになっていた布団はきちんと敷いてあり、置きっぱなしにしていたコップはなくなっていた。
 布団に飛び込み目を閉じる。昨日のように今日の事が回り出す。
 近くで見たサトシの姿、泣き崩れるハル。
 動かないサトシの体は悲しみがいっぱいで、泣くハルの姿は絶望感に溢れていて、全てを知りながらサトシの上で泣くおばちゃんの姿は胸を潰すような死の予感だった。
 何も知らない俺の頭はまた不確かな推理を始める。
 サトシはもう起きないんじゃないか?
 前にテレビで見た事のあるサトシと全く同じ格好で眠る人の映像が頭に浮かぶ。
 気持ちの悪い単語が頭に浮かぶ、脳死、脳死、脳死。
 開戦された自分戦争はどうやら絶望が優勢のようだ。
 どれだけの時間、頭の中でサトシが死ぬと叫び続けただろう。拭っても拭っても、サトシが死ぬという思いは拭いきれない。でも俺はどんなにサトシが死んでしまうと叫んでも、居なくなってしまうと思っても、本当に死ぬとは思っていなかった。本当にいなくなってしまうとは思えなかった。
 俺は人が本当に死んでしまうということを知らないから、人がいつか本当に居なくなってしまうということがわからないから。