『男性経験、何人くらい?』

『チェリーボーイ嫌い?』


豪太は、年上のバスガイドに無礼な質問を重ねた挙句、ふざけて仲間達と代わる代わる肩など抱いたらしい。


彼女もこれには堪らず、半べそをかいてしまったと言う。





外の景色にも目が慣れてきて、秋菜の中でようやく北海道に来たという実感が湧いてくる。


旅の一番の目的は、数年前に美瑛から札幌に移された由紀恵の亡き父母の墓参りをすることだった。


島田との結婚を墓前に報告し、腎臓移植手術の成功を祈る為だ。


由紀恵が北海道に帰るのは、高校を卒業し、バスガイドになる為に上京して以来、実に29年振りだと言う。




ーー…喧嘩をしてしまったの。



数日前に、由紀恵は初めて秋菜に従兄弟との確執を話してくれた。



ーー私が美瑛に住んでいた8歳の時、両親が相次いで死んでしまったから、札幌に住む叔父一家に引き取られたんだけどね。

そこに五歳年上の従兄弟のお兄ちゃんがいたの。
最初は仲が良かったんだけど…
ちょっと色々あってね。

叔父さん達には、私が悪いって一方的に怒られて、我慢できなくて。
飛び出すみたいにこっちへ出てきたの。

だから、帰りづらくて、ここまできちゃったの……





由紀恵は、喧嘩の詳しい内容までは言わなかった。

秋菜も訊かなかった。


子供時代の由紀恵は、秋菜よりもずっと恵まれない家庭環境だったのだろう。


今回、墓参りをするに当たって、従兄弟に連絡を取ったところ、彼は由紀恵を懐かしがり、とても喜んでくれたという。


昔、由紀恵を責めた叔父夫婦はとうに亡くなり、札幌の家は代替わりをしている。


ーーもう、いいわ。30年前の過去のことなんかうっすらと記憶にある程度だもの。よっぽどの事じゃなきゃそれにいつまでもこだわるのは愚かなことよね。


由紀恵は、そう言ったあと、レースフラワーが揺れるように笑った。