秋菜が妊娠5カ月の頃。
豪太の留守中の家に、明美が突然訪れた。
ーーこれ、なんですか?
秋菜にビニール袋に入った白い布を差し出す。
ーー帯(おび)祝いの布だよ。
犬みたいにころっと安産で生まれますようにって、腹に巻くんだよ。
こんなの今時、形だけやればいいんだから。豪太が休みの日に巻いてもらいな。
明美は、居間でお茶をすすりながら、上瞼の垂れた三白眼で言った。
ーーあんた達になんかあっても、お腹の子は、あたしがなんとかするから。
そりゃ、あたしも歳だから、母親代わりってわけにはいかないけど。
明美が何をいっているのか秋菜には、わからなかった。
ーーあんたも豪太も施設育ちだろ。そういう子は親になって、何かあったら、すぐに自分の子供手放すんだよ。
でも、大丈夫。
あたしがいるんだから。
これは明美のデリカシーのない例え話なのだ。
それほど、甥っ子夫婦のお腹の子の誕生が嬉しい、といいたいだけで悪気はない。わかってる。
本気にして腹を立てたりしてはいけない。
わかっているのに、一瞬、はらわたが煮え繰り返った。
秋菜は21歳と25歳の時、二度の初期流産を経験した。このことは、もちろん明美は知らない。
豪太は、大の子供好きだ。
朝日山学園でも、園庭でよく「チビたち」とキャッチボールをしてやっていた。
流産した時も沈む秋菜を豪太は明るく励ましてくれた。
「ダメだったのは神様が決めたことだからしようがねえよ。
秋菜の身体が一番大事」と言って。
でも、秋菜には豪太が内心がっかりしているのが分かった。
柊は待ち望んだ末、ようやく授かった子宝だ。
明美に言ってやりたかった。
(私たちが、子供を手放すわけないじゃない!)
朝日山学園にいたからこそ、家族の大事さが身に染みて分かり、家庭を大切にしようと思うのに。