その日も友達と別れた後、野の花を摘み、数粒のヒマワリの種と一緒にピッピの墓前に捧げて手を合わせた。



(天国で安らかに眠って下さい…)


家に帰ろうと立ち上がった時。





『キミ、あそこのアパートに住んでいる子でしょ?』



秋菜は、学生服を着たボサボサ頭でニキビ面の少年に話し掛けられた。


ズボンのポケットに両手をつっ込み、オドオドと落ち着かない様子の少年は、秋菜の住んでいるアパート名を言った。


『はい。そうです』


道でも聞かれるのかと思ったから素直に答えた。


『あの…』


少年は少し離れた場所にある公園の公衆トイレを指差した。


『お小遣いをあげる。
だからあそこで身体を触らせて』



『……!』


秋菜は驚愕した。

悲鳴が喉の奥から出掛かったけれど、声がつかえて出なかった。



『キミのお母さん、バイシュンフなんでしょ?
お母さんと同じことするだけだよ。
怖くないよ。おいで』


そう言って少年が秋菜の腕を掴みかけた瞬間、秋菜はするりとその手から身をかわした。


目をつぶったままで全力で走り、家へ帰り着いた。


大急ぎで玄関のドアを開け、家の中に逃げ込む。

鍵を内側からしっかりと締め、チェーンロックを掛けた。

素早く部屋のカーテンも締め、中を覗けないようにした。


あいつが追ってきて、ドアをノックしようものなら、警察に電話してやると、息巻いた。




しばらくしても、あいつがくる気配はなかった。


時間が経つにつれ、少年の言葉が秋菜の頭の中で蘇ってくる。



ーーお小遣いあげる。身体を触らせて。


ーーーキミのお母さん、バイシュンフでしょ…



じわじわと身体の奥から恐怖感が湧いてくる。


頭を思い切り振って、忘れようとするが、忘れられなかった。

傷口から徐々にじくじくと湧き出す膿のように、心が痛みだした。