【中編】桜咲く季節に


「俺には恋人も将来を誓った相手もいないから心配すんな。
大体だなぁ、おふくろはいつかさくらを自分の娘として嫁に出すつもりでいるんだ。
家を出るなんて言ったらそりゃ大変な騒ぎになるぞ」

「あたしをお嫁に?」

「それに俺が結婚するとしても、家族であるさくらを受け入れられないような嫁は貰う気ねぇからな」

「でも…身元も知れないあたしを娘としてだなんて…」

「身元がなんだっていうんだよ。
さくら、いつかお前が全てを思い出す日まで、俺達は本当の家族だ。
いいか、仕事をしたいなら、お前に合った良い仕事を探せるよう協力する。
だけど出て行くことは許さない。
それが俺たちに気兼ねしてのことなら尚更だ」

さくらの瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。

翔はギョッとした顔でアタフタとハンカチを探しだした。

「うわ、泣くなよ。別に怒っているわけじゃねぇって。
…あの…ごめん、ごめんな?」

「違うの…ごめんなさい。
あたし…こんなに家族として大切にされてとても嬉しいの」

「なぁさくら。お前はお世辞にも要領が良いとは言えない。
あー泣くなよ? 別に嫌味を言っているわけじゃないから落ち着いて聞けよ?
あのさ、お前は感情が昂ったり動揺するとすぐに言葉が戻るし、順応力があるほうじゃないだろ?
さくらがどうしても一人でやって行きたいって言うなら、その言葉使いをまず完璧に直して、社会に順応しないとダメだ。
今のままじゃ色々と目立ちすぎるんだよ。
それから一人暮らしをしても俺たちが安心していられるように家事全般をこなせるようになれ。
その上でちゃんと収入を得られる仕事に就けたら、俺も安心して距離を置いて見守ってやれる。
だけど、今のままのお前じゃ、保護者として自立を許可する訳にはいかない。分かるな?」