だが、このままで良い筈が無い事くらいは、たとえ記憶も常識もないさくらにだって判っていた。
どれほど彼らが良い人達で、さくらを家族同然に受け入れてくれても、所詮は身元すら分からない他人なのだ。
訊いてみたことは無いが、翔には恋人がいるかもしれないし、今はいなくても、何年か後には恋人もでき結婚するだろう。
その時に自分があの家にいるわけにはいかない。
いや、それ以前に、他人が同居していては、翔の恋人だって気分が悪いだろう。
「いつまでも甘えているわけには参りませんわね」
沈みこむ気持ちを誤魔化すように、求人誌をパラパラと捲っていく。
飲食店の求人欄の『住み込み可』の文字が目に留まったが、この半年で数十枚の皿をパズルに仕立てたさくらは、自分が飲食店向きではない事を痛感していた。
だが考えてみれば、学歴も、職歴も、どんな資格を持っているかも知らないのだ。
今のところ特に秀(ひい)でた特技も無いらしい。
こんな自分にできる仕事が果たしてあるのだろうかと、重い気持ちでページを進めた。
やがてさくらの視線は夜の仕事の欄で止まった。
「…学歴不問でアパート完備? わたくしにもできるかしら?」
後で問い合わせてみようとページに折り目をつけて顔を上げる。
その時、見覚えのある人物が公園を横切るように歩いて来るのが見えた。
先ほどまで本人のことを考えていたから白昼夢でもみたのだろうかと、ポカンとしていると、彼はさくらに気づいて駆け寄ってきた。



