翔とさくらが出逢ってから半年が過ぎようとしていた。

今年は残暑が厳しく、9月も終わろうという時期になっても、まだ夏を諦めきれぬ蝉が鳴いている。

月に一度の検診で、午前をエアコンの効いた病院で過ごしたさくらにとって、外は真夏を思わせる日差しだった。

帰り道、公園の木陰に涼を求めたさくらは、沈んだ顔でベンチに座り込み、手の中の冊子を丸めては伸ばす仕草を繰り返していた。

今日も検査結果に異常は無かった。体は既に回復し、問題は記憶だけだ。

だが、記憶が戻る兆候は皆無と言って良い。

何かを断片的に思い出す事も、夢に見るようなことも無いのだ。

今の現状は、本来なら不安であるはずなのに、何故か思い出したいと焦る気持ちが無いのが不思議だった。

少し先の砂場で遊ぶ子供とそれを見守る母親の姿を眺めながら、さくらは改めて自分の幼少期について考えてみた。

翔と出逢ったばかりの頃は家事知識は皆無だった。

それどころか、自動販売機でジュースを買うことも知らなければ、生活家電の使い方も解らなかったのだから、大人としてかなり重症だと思う。

翔は「さくらはきっとどこかの国のお姫様なんだよ」と冗談を言うけれど、確かに言葉遣いも今時の女の子達とは少し違うようだ。

記憶が無くとも体で覚えた事は簡単には消えないという事を考えても、どうやら自分のこれまで育った環境は、今の生活とは随分違うらしい。