【中編】桜咲く季節に


この翔の判断は正しかった。

美羽は世間知らずなさくらを我が娘のように可愛がり、教育することが生きがいとなり、病であることを忘れるほどに以前のような快活さを取り戻していった。

一方さくらもすぐに美羽に懐き、母親のように慕いだした。

『懐いた』まさにその言葉がこの二人の関係を表すぴったりの言葉だ。

親鳥に刷り込みされた雛鳥は更にそのまた親にもすんなりと懐いてしまうものなのだろうか。

一番身近な同性で親身になってくれる美羽は、記憶の無いさくらにとって実の母親も同然の存在として、空白の記憶の中にインプットされてしまったのかもしれない。

さくらのおかげで佐々木家には以前の明るさが戻ってきた。

いや、さくらのドジぶりと相まって明るさの度合いは2倍増しになったかもしれない。彼女のやることといったら、とにかく鈍臭く、可笑しいのだ。

本人はいたって真面目なのだが、どうひいき目に見ても世間一般で言う大人の…いや、小学生レベルの生活知識ですら甚だしく欠けている疑いがある。

 翔がそれを痛感したのは、さくらがアパートへやって来た初日、あの自販機事件の直後だった。