【中編】桜咲く季節に

このとき初めて、翔はさくらを女として強く意識した。

いつのまにか保護者のような心境で接していた為か、あるいは華奢な体つきや雛鳥のイメージからか、子供のように思っていた部分があったのだが、腕の中の彼女は骨ばったガリガリの少女ではなく、細いながらも十分すぎるほど女性らしい体つきをしていた。

予想外の事実を前に、ようやく彼女がれっきとした大人であることに気付いた自分の鈍さを呪ってみる。

動揺する胸の内を悟られぬよう、必死に平静を保ってみせた。

手を離れた缶が鉄製の階段に反響し、不整脈を疑うほどに騒がしい鼓動を掻き消してくれる事がありがたかった。

「気をつけろよ。この階段は結構急だし雨とか雪が降ると滑りやすくなるんだ」

動揺する胸の内を悟られぬよう平静を保って言ったつもりだったが、声は震えていたかもしれない。

だが、真っ赤になって、慌てて飛びのいたさくらには、そんなことに気付く余裕は無かった。

お礼の言葉も言い終わらぬうちにもう一度足を滑らせ、再び翔にガッチリと腰を支えられてしまったからだ。
 
驚きと緊張で、大きく上下する胸の動きで彼女がいかに動揺したかが窺えた。