「その桜は年寄りだから咲くのが遅くて毎年周囲の桜が全部散った頃に咲くんだ。
昨日の朝までは満開だったのに昨夜の雨でずいぶん散っちまったなぁ」
「残念ですわ。満開の所を是非見てみたかったです」
「退院が一日早かったら見れたのにな。まあ、来年を楽しみにしていろよ」
何気なく言ってから、まるで来年の今頃もさくらがまだここに居ることを前提のような話し方をしてしまったことを悔やんだ。案の定、さくらの不安を煽ってしまったらしく表情を曇らせ俯いてしまった。
「来年…わたくしの記憶は戻っているでしょうか?
いつまでも翔さんのお世話になっているわけには参りませんし…」
「さっきも言ったけど、俺は全然迷惑だなんて思っていないからな?
こんなトコロでよければ好きなだけいてもらって良いし、ゆっくり自立していけばいいんだ。
とりあえずその腕を完治させてからだ。焦らず気長にやろうぜ、な?」
「はい、わたくし早く独りで生活が出来るように頑張りますわ。…それまではよろしくお願いいたします」
そう頭を下げた瞬間、昨夜の雨の名残に足を滑らせたさくらはバランスを崩した。
危ないと思った次の瞬間、翔は無意識に動いていた。
後でどれだけ考えても、この時何を考えてどう動いたのか覚えていないが、気付いた時には、驚くほど柔らかな身体が腕の中にあった。



