【中編】桜咲く季節に

昨夜の雨が塵を洗い流してくれたおかげで、空の青さが鮮やかな気持ちの良い午後は散歩には丁度良い気候だった。
これから彼女が住む町を説明しつつ、アパートまで約15分の道のりを1時間近くかけてのんびりと歩く。

春の日差しが暖かく空気も澄んでおり、時々吹き抜ける風が心地良い。

気候のせいか退院した開放感からか、さくらの頬は薔薇色に染まり瞳には子供が新しい発見をした時のようにキラキラとした輝きが宿っている。

目に映るもの全てが珍しいかのように、やたらと周囲を見回しながら落ち着き無く歩く姿は、昨日までの物静かで消極的な彼女のイメージを覆すものだった。

あちこち指差しては、子供のように興味深げに「あれは何ですか?」と絶え間なく質問する。

それを一つ一つ説明しながら、近所のスーパーやコンビニなど今後の生活に必要な店を案内しながら歩く事は、この2年間仕事と母親の看病に追われ、ノンビリと歩いたり誰かと話したりする心の余裕の無かった翔にとっても新鮮で、久しぶりに心が和む時間となった。