【中編】桜咲く季節に

彼女が演技をしているようには見えないが、どうしても引っかかるものがあった。

だが、演技をしているにしても、本当に記憶が無いにしても、家族も頼る人もいない状態では心細いことは間違いないだろう。

助けた義務という訳ではないが、やはり、身寄りのない彼女をこのまま見捨てることはできなかった。

事故の現場に居合わせて、助けただけの通りすがりの男でしかない翔が、気にかけることなど無いのかもしれない。

警察に任せて身元が分かるのを待てば良い。

随分身なりもよかったし、指にはめていた指輪も素人目にも高額なものだということが分かるほどのものだった。

きっとどこかのお嬢様だ。家族は必死に探しているだろう。

見つかるのも時間の問題だ。

俺が関わるべきことじゃない…。

そう自分に言い聞かせても、翔には彼女をどうしても放っておけなかった。