【中編】桜咲く季節に

孵化した雛が最初に見たものを親と認識するように、記憶を失う最後に見たのも目覚めて一番最初に見たのも翔だったため、無意識に安心できるのだろう。という、高端院長の冗談のような雛のインプリンティング(刷り込み)説を鵜呑みにした訳ではない。

だが、もしも少しでも彼女の不安を取り除くことが出来るのならば…とは思う。

あれから5日、毎日通い詰めている表向きの理由は、高端院長の頼みだからだが、実はずっと引っかかっていることの真偽を知りたいが為というのが本音だった。


『家に帰さないで…』


気を失う間際に訴えた彼女の切羽詰った表情を思い出しては、何度も脳裏を過ぎる疑問。

彼女は本当に記憶を失っているのだろうか?

家に帰りたくなくて、記憶を失くしたふりをしているのではないだろうか?