【中編】桜咲く季節に

高端院長の説明によると、記憶喪失の症状には全てが思い出せない状態の『全健忘』と、 思い出せるものと思い出せないものが混在した状態の『部分健忘』があるそうだが、彼女の症状は、自分の過去に関する記憶障害に限定される『全生活史健忘』と呼ばれるものらしい。

事故の際に頭を打った可能性もあったが、検査の結果異常はなく、精神的ショックによる可能性が高いと思われ、時間が経てば徐々に回復は見られるだろうとの事だった。

彼女は相変わらず何も語ろうとせず、高端院長やナースの問いかけには答えるが、感情の抑揚も無いらしい。

だが、翔が見舞うと不思議と彼女の表情が柔らぐのだ。