『無明の果て』

その紳士は立ち止まり、静かにうなづいた。


「どうしてここへ?」


「ここは、うちでやってる子会社なんですよ。
時々ですが、様子を見に来ています。」



「そうでしたか。
あっ、その節は大変失礼致しました。

おかげさまで、どうにかやっております。」


「いや、こちらこそあんな話を聞かせてしまって、申し訳なかったと反省しておりました。」




今日は仕事だからと、その紳士は足早に私の視界から消えて行った。



次に会った時には、時間を作りましょうと、私の連絡先を書いたメモを、内ポケットにしまいこんで。




「岩沢 輝」


空港で別れる時に、


”あきら“

と読むと、その紳士は私に言った。


今では遠い地になってしまった日本で、一行は連絡のつかない涼の居場所を、聞くべきではなかったその人に、救いを求めた。



「もしもし、しばらく。

俺だけど。」


「あっ、一行?
どうしたの?

大阪じゃなかったっけ?」



元カノに、彼女にだけは、すがるべきではなかったのに。