僕の名前じゃなかった。


一緒にいたはずなのに、妻が故郷へ帰りたい気持ちも、その淋しさも後回しにして、ずっと隣にいるものだと思っていたんです。



これから先の人生をひとりで考えてみろと、妻は私に大きな宿題を置いていきました。」


「失礼を承知でお聞きしますが、その男性は奥様とは…」



「僕と結婚する前の恋人だとわかりました。
不貞があったわけじゃないんです。
故郷を忘れられなかったんでしょう。

そうでも思わないと、こんな歳でも耐えられませんから。」




孤独は、素直な問いかけにさえも、その答えを受け付ける余裕や、導き出す方法を簡単には教えてくれない。




「すみません。
聞いてはいけない事でした。」



「いや、そんな事はないですよ。
私こそ、結婚されたばかりの方に、話すべき事ではなかったかな。」




それぞれの心と会話をするのに、少しの間
沈黙が流れた。



「あの、教えて頂けますか。

私が今日からアメリカで過ごす数年は、妻の役目を放棄することになるんでしょうか。」


「あなたは面白い方ですね。

どういう事情であなたがアメリカへ行くのか、僕は何も分からないけど、あなたの顔はちゃんと答えを見つけているように見えますよ。」




暗闇から見えて来たのは、果てしなく続くネオンの海。


ここに、私は立つ。



「道案内ぐらいは出来ますよ。」


と、差し出された名刺は、私の知っている会社名が書いてあった。


「どこかで擦れ違ったら、飲みにでもお誘いしますよ。

新婚さんには断わられるかな。」






「もしもし、一行。

聞こえる?」


「麗ちゃん、ごめん。間に合わなくて。

ちゃんと着いた?」



「うん。着いた。

一行、聞こえる?
ちゃんと聞いて。

一行の奥さんにしてくれてありがとう。」


「えっ?

麗ちゃん、改まってどうしたのさ。」


「ちゃんと言ってなかったから。」


「どういたしまして」