旅立つ前に、私に起きた数々の奇跡を、ひとつずつ思い返している。


信じて、願って、志を持って、私はいったいいつからこの道を歩き始めていたんだろうと。


一行に出会わなかったら、あのまま、自分を変えようとしなかったらと改めて考える時、予想を越える大きな運命をその時に授かったのかもしれないと、そんな風に思うのである。


ただじっとしていても、きっと何も生まれはしなかった。


切り開いてこその、運命がある。



パスポートに刻まれた名前は、誰か知らない人のようで少し落ち着かないけれど、まさか新しい名前で、新しい仕事を始める事になろうとは、考えもしない事だった。



一行と過ごした週末に待っていたものを、あんな事もあったねと、懐かしく振り返る時が来るまで、もう少しだけ前を向いて歩いてみよう。


もうひとりきりじゃないんだから。


ふたりで歩いて行くのだから。



あの日、夜遅くまで話し込み、一行は少し緊張した様子で私に言った。


「麗ちゃん、明日さ、早起きして倉敷に行こう。」


電話で私を連れて行くと言っていたその場所は、更に南へと向かう一行の故郷だった。



「えっ、倉敷って、一行の育ったとこでしょう。

連れて行ってくれるの。」


「明日くらいしか時間とれないでしょ。

麗ちゃん、アメリカに行く前に大きな仕事が残ってるよ。」



私のヒーローは、もうすぐ未知の地へ進もうとしているこの私に、経験のない大変な仕事を運んで来た。



「麗ちゃんは、俺の事が好きですか。」


「何よ、今更」


「マジで聞いてんの。返事して。」


「恥ずかしいなぁ。

はい。かなり。」


「じゃぁ明日は、一日付き合ってもらうよ。

実家に行くから。」


こういう事を、私はずっと待っていたはずだ。


若い、とても若い、一回り以上も歳の離れた青年が、きっと死ぬほど悩んで決断した人生の選択に、私は素直に従うことを決めたのだ。



「麗ちゃん、実家には話しておいたから。

麗ちゃんが年上だって事が、やっぱり気になってるみたいだけど、会ってみたいって言ってたよ。」