『無明の果て』

お酒でフラフラした上に、若い男性にクラクラするとは、この歳にして初めての経験である。


ただ もちろん "恋" などというものなどとは違い、おそらく韓流スターにうっとりする奥様たちは、こんな気持ちなのかと想像させる、そんなものである。


私だってそこまで図々しくはない。


身の程ってものの尺度は、ここまで独り身で生きて来た大人の女には、すぐ判断してしまう力がすでに身についている。


それにしても良くできている。

勇気を出して


「綺麗な顔してるね」
と言ってみた。



「キライなんですよ、この顔。
コンプレックスです。」


なるほど、本人にしてみたら顔の話題ばかりでうんざりなのかもしれない。


「一行、あんたの顔、貸してあげれば。」


「いやっすよ。
この顔でモテモテっすよ。
今よりもててどうするんすか。
涼と何処か違ってるっすか?」


「全部よ、全部。
一から千まで。」


「千すか。
百くらいにしといて下さいよ」


一行と涼が親友だというのが、解る気がする。



私の緊張も和らぎ、 "涼くんは" なんて言えるようになり、いつの間にか私の方が質問される立場になっていた。


「なんで結婚しないんですか?」


「ストレートにまぁ。
そんなこと聞くの一行ぐらいよ。」


なんだか気持ち良かった。

気を使われて、会社では触れてはいけない禁句のようになっていたその壁を、新人があっさり蹴破ってくれた。


「なんでかなぁ。
魅力が無かったからかなぁ。」


「魅力ありますよ。」


「涼がそんな事いうの珍しいな。」


ドキドキしている。

幸い、お店の暗さが、赤面しているのを隠してくれているからいいものの、どんな対応をしたら良いものか、どこの引き出しを探しても当てはまるものは見付からない。


「仕事も楽しかったしね。」


独身でいることの焦りは、跡継ぎの正幸さんも同じだと、『せっぱつまった会』を作ろうと大笑いした。


と言うことは、お互いその気がないと云うことだと、また笑った。


「麗子さんは休みの日は何してるんですか?」