思いがけない誘いだった。


私が辞表を提出した時、専務はすでに考えていたのだそうだ。



「会社の者が行くのが相当だが、まぁ不満の声は出ないだろう。

希望は出さなかったのか?」



「以前出しましたが、通りませんでした。」


「そうか。
だが、時間はないぞ。
あと一月後には海の向こうだ。

君が決断したらの話だが。」



そばに居なくても、いつでもあなたの声は聞こえている。



一行、あなたと出会ってから、私の生きる道は明らかに変わって来ている。



「相談する者もおりますので、少し時間を頂いてよろしいでしょうか。」



市川麗子という生き方が、問われている。



「いくつになった。」


「もうすぐ四十になります。」



「そうか。
まだ若いじゃないか。」



今ここで、一から、いやゼロから築いて行こうと決めて、土台になる礎を手に入れる事は、大きな意味を持つ、私の柱になるものに違いないのだろう。




寂寂たる深夜、もの淋しい時。



たったひとり、迫る結論の行方を探りながら、窓際で微笑む一行の写真を見た。


早く伝えなければならないけれど、この流れに一行は押し潰されはしないだろうか。



「一行、今日ね、専務に呼ばれて、特修に行かないかってお誘いをうけたの。

決まれば一ヶ月しか時間がないの。」


「えっ、決定なの?」

「ううん。
返事はしていないわ。
相談する人がいるからって言った。」


「特修ってアメリカだよね。

決まったら、何年ぐらい行く事になるの?」


「二、三年か、もう少し長くなるかもしれない。

一行、私行きたくない。
会えなくなるんだよ。」



奥底にしまい込んでいたはずの、愛しい想いが弾けて、一行へぶつかった。


静かに、ゆっくり、一行は言った。



「麗ちゃん、行きたくないなら、そうすればいいよ。

今までだって、麗ちゃんが自分で決めて、自分で進んで来たんだから。


でもさ、あんまりカッコよくないな。


どうした?市川麗子。
俺の知ってる麗ちゃんは、そんなんじゃなかったけどなぁ。