『無明の果て』

「俺はただの賑やかしだから、いてもいなくてもあまり影響ないんです。」



一行に断ってくるからと、演奏が終わるのを待って涼はそのパーティから私を連れ出した。



約束通り、一行には声をかけず私は振り向かずにその場を離れた。


「一行に麗子さん送ってくるって言ってきました。」



「さっきはごめんね。
ひとりでドキドキしてたから、びっくりしちゃった。」



賑やかなコーヒーショップは、人々の声が絡み合い、顔を近づけないと話が噛み合わないほどだ。



なるべく離れていないと、またドキドキしてしまう。



「麗子さん、改めて、元気でしたか?」



「涼くんは?

あっ、ほら、この時計。
気に入ってるの。
ありがとう。」



「気付いてました。

似合ってますよ。
そのグリーンのシャツからピンクの文字盤が光ってて、すぐわかりました。」




「涼くんあのね、一行が大阪転勤なの。

まだ一行は知らないけど、週明けには発表になるの。」


「えっ本当ですか。

麗子さん、ひとりで我慢してたんだ。

会社で知るまで麗子さんの口からは、知らせないんだ。」




「だって、怖い。」




「駄目だよ。

俺が一行なら、寂しいと思うな。」




予想外の涼の強い口調に、



“だって、一行の手、足を縛る存在になることだけは、私の生き方の中には有り得ない事なのよ” と、言えずにうつ向いていた。




私はとっくに、一行を見送る決心をしていた。