『無明の果て』

「そろそろ一行の出番じゃないかな。

麗子さん、大丈夫ですか?」



「ごめんね。
気にしないでって言っても無理だよね。」



「一行と何かありましたか。

元カノの事ですか?」


「ううん。
それとは違うの。

そんなことなら、初めからここには来てないよ。」



「ん~

久しぶりに会えたのに、麗子さん、びっくりですよ。
昨日から緊張してたんだから。」



涼のシャツが私の涙で汚れないように、静かに身体を伸ばし涼から離れた。


こんな所を見られたら、新郎にフラレて未練タラタラな元カノみたいに思われる。


いや、それはないか。


ここで涼と会っていなかったら、ただ静かに、一番後ろから一行の姿を眺め、私にどこか似ていると言う元カノを確かめ、ひっそりとその場から立ち去るはずだった。



演奏が始まると、それぞれ楽しんでいた友人達も引き寄せられるように集まり、一行達のまわりはアッという間に人垣が出来た。


一行の学生時代はきっと、華やかで、夢見る日々の連続だったのだろう。


その証拠に、いつもの彼の温和な顔付きとは違い、何か目を見張らずにはいられない卓越した魅力がその場を支配しているようだった。



「涼くん、あんな一行見たことないよ。

ちょっと憎らしいから誉めないでおこうと思ったけど、ボーカルも上手ね。

私と似てるかなぁ。」



「似てない。

似てると思ってたけど、全然違ってた。

彼女の事一行に聞いたんですか。
俺の所に連絡してきたから、正直に話したんだけどまずかったですか。」




「そんなことないよ。
一行はね、彼女とそういう付き合いはしないって言ってた。

私がへそ曲げて、グズグズ言ったりしたけど、もう大丈夫。

一行の方が大人なのよ。」




「じゃ、さっき一行がいなくなるって言ったのは何ですか。」




「涼くんに話しても、何も変わらないことよ。」




「麗子さん、時間ありますか?

一行には後で俺から言うんで、お茶でもどうですか?

もう口説いたりしませんから。
なんて。」




「抜けられるの?」