『無明の果て』

「そこの美術館には何があるの?」



「アンコールワット展」



「ずっとそこにいたの?」



「うん。
仕事じゃないの。

ウソ言ってごめんね。」


「お腹空いたでしょ。もうお昼だよ。」



「怒ってないの?」



「大丈夫だよ。
最初から話せば良かったんだ。

だけど麗ちゃん、行動力ありすぎ。」



「小さい頃からリレーの選手だったの。」



「やっぱり。

って、そういう事じゃなくて。」




一行は電話が来る事を確信していたと言った。



「これから行くから待ってて。

動いちゃダメだよ。」



しばらくして美術館の入り口から、こちらに向かって歩いて来る一行が見えた。




両肩に荷物をさげ、汗だくで手を振っている。



「麗ちゃん、何が入ってるの?

重かったよ。

温泉に行く荷物、これでいいんでしょ?

遅くなったけど、出発しま~す。」

一行、私はあなたに

“ありがとう”

と言うだけで、それだけで愛される事を許されるの。


「ありがとう」


つないだ手を強く、強く握り返した。