『無明の果て』




美しい青年の夢はすっかり忘れ、相変わらずキャリアウーマンは仕事の手を抜かない。

たかが夢だ。


現実の新人研修の青年は

「了解っす」

「うまいっす」

決して「です」とは言わない青年が相手だ。


上司が女性なのを驚きもしないのは、私が入社したころとは時代が違うからなのか、その青年は戸惑いもせずに会社中を忙しく駆けわまりながら、なかなかの頑張りを見せている。


研修も終わりに近付いたころ、その「っす」の新人が


「先輩、研修の打ち上げでコンパどうすか?」

と声をかけてきた。


「コ・コ・コンパ!」
なんて胸踊る響き。


「"です" でしょ! あんたいくつよ!」
なんて怒鳴らないでおいて良かった。

やっぱり人には優しくしておくものだ。


新人のくせに一回り以上年上の上司をコンパに誘うとは、イイ根性をしている。



「北大路欣也に似てる俺の先輩も来ますから。」


北大路欣也?
どんな顔だっけ?
なんだか良いことが起こりそうな予感もしたが、いや、油断は禁物だ。


なにせ、私がダントツ年上で、コンパなんて何年ぶりか思い出せないくらいなんだから。

フィーリングカップルで言えば、完全に5番の大オチだ。



聞くと、その欣也さんは私より二つ三つ年下らしいが、私と話が合いそうなんだと言う。

私はもうスキップでもしたい気分だ。


若い女性と張り合う気など更々ないが、声をかけてくれた事だけでも大きな進歩と言える。


「いいね。」

なんて、冷静に言ったつもりが、少しだけ上擦った声になっていたのが、自分でもわかるほどだった。
本当はテーブルの下でガッツポーズしてたから。


私は変わった。


"シアワセ"をこの手につかむまでのカウントダウン開始だ。


冷静を装っても勝手に顔がにやけて来る。

駄目だ。

キャリアは仕事に私情は持ち込まないのだ。


そして当日、「4:4っす」とお店の名前を書いたメモと地図をくれた。


仕事もこんな風にテキパキやれよ! と言いたかったけど、今は言えない。