『無明の果て』

「はい。
準備した事は伝わったかと思います。
専務、色々ありがとうございました。」



小池は振り返り



良い結果になるといいなぁ。」


と微笑んだ。




だけど



「専務…
どうかされましたか。」



泣き腫らした目に、まだ涙が溢れている。




「市川、コーヒーでいいか?
美味いのをご馳走しよう。」




私の質問には答えず、小池は手慣れた手つきでコーヒーを入れ始めた。



「座って待っててくれ。」



何があったんだろうと、ソファに腰を下ろした時、テーブルの隅に置いてあったものが私の目に飛込んで来た。



「これ…」



一瞬、音のない世界にでも迷い込んだような空白が私を襲った。




「市川…
市川、どうした?

コーヒーが入ったぞ。」

「あ、すみません。
ありがとうございます。
専務にコーヒーご馳走になるなんて、意外でした。
良い香り…

そう言えば、岩沢さんと初めて会った時も、コーヒーどうぞって…
すみません、何だかホッとしたら涙出ちゃって…」



「そうか、キャリアウーマンも緊張したか。
市川も今日は良い日になっただろう。」



「専務、これは…」



私は我慢が出来ずに、見覚えのある横顔のジャケットが付いたCDを手に取った。




『楽園』


と書かれた文字を、北原 園という名を確かに見た。




「専務、これは…」




「今日は私にも良い事があってなぁ、もう何年も会っていない娘から連絡があったんだよ。

離婚してからしばらくは会っていたんだか、年ごろになってからはそれも難しくなってしまっていた。

それが今日十年ぶりに、誕生日プレゼントだとこんなもの送ってよこしたのさ。


泣いてもおかしくはないだろう。


私の娘だ。」