『無明の果て』

涼はどこを見ているの?



「そうだ麗子さん、園が小さいとこだけど、プロダクションに入ったんです。


うまくするとデビュー出来るかもしれないって言ってました。


時々ストリートライブしてるんですよ。」



「えっ、私ね、一度そのライブ聞きに行ったの。


すごい人だかりでみんな泣きながら聞いてたわ。


そう、良かったね…

夢が叶うね…」



「そこで声かけられたって言ってました。


あれ、麗子さん…

泣いてるんですか。」



涼、悔しくはないの?


「だってすごいじゃない。

良い歌だもの。


涼君、プロはどうするの?」



聞かれる事を知っていたかのように、力強く返って来た言葉は



「来年です。

たった一度じゃ諦めたりしませんよ。

もう負けたりしません。

今度は大きい記事にして新聞に載せてもらいます。」




時が巡り、いつか私が一行より先に死んでも、こんな風に終わりのない夢の始まりが永遠に訪れる。


私は朝方近くまでかけて、やっと一行への手紙を書き終えた。




空港でもらったラブレターの返事は、メールじゃなくやっぱり郵送にしたかった。




会社までの道を急ぎ、ポストのある通りへ抜けようとした時、脇から誰かぶつかってきた。



「すみません。

怪我はないっすか?」



いつかこんな場面を夢見た事を思い出し、ひとり笑ってしまった私に、その若者は不思議そうな顔で もう一度言った。



「大丈夫っすか?」





懐かしい“っす”に
あの頃の一行を見たようで




「平気っす」



なんて言ってみたりした。


そしてまた歩き出し、その手紙をポストに入れた。