『無明の果て』

そして翌朝、背筋を伸ばしヒールの音も軽やかに私は家を出、歩き出した。

駅へ続く道の途中、思わず歩幅も広くなる。


なのに、


「うわっ!」


「ごめんなさい」

路地から誰かぶつかってきた。



私の人生はとことんついてない。


「大丈夫ですか?」


ドラマなら、ここで運命の出会いになってBGMにスローバラードでも流れる場面だ。

その声に顔を上げた私は、よろけた身体を立て直す事も忘れ、その人の顔を見た。



なんて綺麗なんだろう。


こんなに美しい青年を今まで見た事はない。

でもあまりに若く、気持ちとはうらはらに

「大丈夫です」と気丈に振る舞う。


せっかくのスーツが少し汚れたが、 "シアワセ" のためのおまけだと信じよう。



さい先が良いのか悪いのか、会社では予想通りあちこちでヒソヒソ噂話している。

気にならないと言ったら嘘になるけど、そんなことより、今日からの新人研修の事で手一杯だったのだ。



「宜しくお願いします」


私が担当する新人らしき青年が、頭を下げて目の前にいる。


「こちらこそ」


そう言いながら上げた青年の顔を見て、心臓がドクンと音を鳴らした。



「あっ」


運命だ。

これを運命と言わずなんと言うんだ。


あの美しい青年がいた。

やっと神様がご褒美をくれる時が来た。


朝の出会いが私のこれからを決定させていたのに違いない。


私は胸踊らせ、これ以上はないほどの微笑みで右手を差し出し頭を下げた。


それと同時に後頭部をベットにぶつけ目が覚めた。






うわっ! ヤバイ!

遅刻だ。



久しぶりに見た夢は、あまりに鮮明すぎて何かを期待してしまうほどだったけど、世の中がそんなに甘くないことは、この歳ならちゃんと知っている。



今日も慌ただしい一日が始まる。