『無明の果て』

キャリアウーマンなんて呼ばれなくても 私は生きて行ける。



一行の妻となり、絢の母となり、私が歩いて来た昨日までとこれからの希望を持ち続けて、私はこのまま歩いて行こう。




明日が来る事を当たり前だと決めつけて生きている錯覚を、私は忘れずに生きて行こう。


隣にいる大切な人の幸せの行方を、強くこの両腕に抱きしめて、私はもう少しだけここで暮らして行こう。




一行は大阪からの電話で


「麗ちゃん、専務から電話もらった。


麗ちゃんにはもう知らせてあるって聞いたけど、だけどやっぱり、自分の口から報告するね。


えぇ…

鈴木一行、この度 特修に抜擢され、アメリカへ出向することになりました。


って…


麗ちゃん、びっくりしたよ…

大阪転勤の時も驚いたけど、特修だよ…


正直、俺でいいのかなぁ。


俺なんかに務まるのかな…


麗ちゃんみたいな経験もないし、正直、喜んでいい事なのか分からないんだ。


やっと一緒に暮らせるようになると思ったのに、今アメリカに行くって事が麗ちゃんと絢にとって、プラスになるのかどうか…

よく分からないんだ…

麗ちゃん、だけど…


行きたいと思う。


アメリカでどこまでやれるか、試してみたいんだ。


麗ちゃんが過ごした二年を、自分の目で見てみたいと思ってる。」



私が一行でも、きっと同じ思いを抱いただろう。



仕事を楽しむ余裕の前に、会社を興そうとしている妻となかなか会えない幼児を、ずっと…ずっとひとり想って暮らして来た一行を、今応援しないで何がキャリアウーマンだと、私の心が騒いでいる。



「一行、それは相談じゃなくて決定なんだよね。」



「麗ちゃん、その台詞聞いた事あるんだけど。」



「覚えてた?

私が一行に辞表を見せた時、一行に言われたことば。


一行もあの時こんな気持ちだったんだね。


ねぇ一行、これって凄い事よ。


私が会社にいる時は希望しても駄目だったのよ。