「麗子さん」


誰かに呼ばれて振り返ると、そこには涼が立っていた。





もしも私が、キャリアウーマンなんて呼ばれていない、若く、今と違った時代を生きていたなら、ここでまた涼に会う事などなかったのかもしれない。


だって…


一行に会っていなければ、涼に会う事もなく、一行に人生を委ねる選択すら、私は出来ずにいたはずなんだから。



背中から聞こえてきた声に驚いて、ゆっくり振り返った私の前に見えたものは、美しく微笑んだ、西山涼、その人だった。



「麗子さん」



日本に戻ってはじめに顔を合わせた人が、私をただひとり見送ったその人だなんて、どこまでも罪作りな運命が、私を追い掛けて来るような気さえする。



「アメリカから帰ってきたんですか?」



だけどその顔は、あの日この空港で佇んでいた、思いつめた瞳の曇ったその人ではなく、スクランブル交差点で後ろを向いたまま手を振ったその人でもなく、背筋の伸びた、強い自信に満ちた青年だった。


「そう。

今戻ったの。」


すぐに涼は


「おかえりなさい」


そう言って、少しだけ頭を下げた。



心の決着ならとっくについているはずと、気掛かりな想いはもう過去の出来事だと、その瞳が言っているようだった。



「涼君こそ

どうしてここに…」



出迎える人などいないと分かってはいても、涼が言った


”おかえりなさい“


その言葉に、心踊る私がいる。



そして私を見た瞳は、すぐに私の腕に抱かれたもうひとつの運命を見つめた。



両膝に手を置き、背をかがめて目線を合わせ、


「はじめまして」


そう言った涼の美しい顔が、幼子を包んで笑っている。



いつもならすぐに泣き出す絢が、珍しく、恥ずかしそうに微笑みながら、私の胸に顔を埋めた。



「名前を教えてください。」



そのまま視線を変えずに、涼は私に聞いた。


「絢

鈴木絢」



「絢くんかぁ。

絢くん、はじめまして。
お父さんの友達です。」