『無明の果て』

妻の死がこの時をもたらしたのなら、私の罪は許される範囲を越えているのかもしれないけれど、幸せも不幸も、そして苦労も、それひとつだけが長く続くものでは無いことを、この身を通して教えられた気がします。



私が小池君の立場だったらと、そんな事を考えてみても、多分それは彼にしか分からない事なのだと思うのです。



麗子さん。


あなたが、あなたのご主人とその友人の間で、悩み、苦しみ、あなたがちゃんと人生を決定したように、妻が私を選びこの土地へ来た事、そしてもうすぐ私を妻が迎えに来る事も、私の人生の避ける事の出来ない巡り合わせなんだと、今はそう思えるのです。




悔いがないと言ったら嘘になりますが、私は素敵な人達に恵まれ、穏やかに旅立つ事が出来るでしょう。



正直に言えば、麗子さんに妻の面影を少しばかり見た日もありました。



今になってこんな事を言ったら、ご主人に叱られそうですね。



ずいぶん長い手紙になってしまいました。


この手紙を読んでいる時、私はもう長い眠りについているでしょう。


ゆっくり…


ゆっくり…

妻の腕に抱かれて。


妻の胸が恋しいです。



麗子さん。


小池君が言っていましたよ。



会社を興すと聞いた時、あなたを眩しく思ったと。


一度きりの人生なら、そんな生き方が出来るあなたを応援したいと思ったと。




さようなら


麗子さん。




これが私の運命。


これが私の人生。


これが私達の、私と妻が選んだ道です。



後悔のない日々の積み重ねが、明日も待っている事を願っていますよ。



ありがとう。



鈴木麗子様




岩沢 輝」







ふたつ並んだ墓石には、誰が供えたのか 美しい薔薇の花が飾られてあった。



まるで私達の挙式を飾った祭壇のような、二人で居られる事の幸せに包まれているように見える。



私達は中庭で摘んだ名もない花をその脇に供え、一行と絢と三人で頭を下げた。