『無明の果て』

でも泣かなくても大丈夫です。



なぜなら私が成し得なかった会社設立は、あなたの夢だけではなく、家族の夢、友人の夢、そしてすでに私の夢にもなり、その場に立ち会えない事だけが残念でなりませんが、それも遠いものではなくなって、すぐに現実のものとなるでしょうから。



私は背中を押していますよ。



それから、何か心配な事があるなら、小池君に相談するといいでしょう。



私の事も、結婚式の日に全て話してあります。


きっと力になってくれるはずです。




もう私には時間が足りませんが、夢の角度は高くなくてもいいのかもしれないと思うようになりました。



私の人生に、もう一度未来があるなら、ゆっくり登る緩やかな角度の日々を、長い夢を見てみたいと思います。



どうかあなたのご主人に伝えてください。


夢を見る方法はいくつでもあると。


慌てる事などないんだと。」




絢を抱いた一行が私の隣に座り、私の肩を引き寄せた。


私の額に一行の涙がこぼれ落ちて、そこだけ熱くなった。



私に手を伸ばした絢を膝に乗せて、そっと抱き締めた。



絢の小さな掌が、私の頬をペタペタ叩く。



それにあわせて溢れた私の涙が、絢の手をぬらした。




一行の肩にもたれて目を閉じると、ここで、この階段で私達を見送る岩沢の姿が はっきりと見える。




「幸せに」


と手を振りながら、笑っていたあの時、本当は


「さようなら」


って言っていたの。



私の泣き声に驚いて、絢が泣き出し、教会を飾る木々が風に揺れ、それに答える。



絢の泣き声がこだましている。