『無明の果て』

初めて会ったあなたに、妻の最期を話してしまったのはどうしてだろうと今になって考えると、あんなに激しく泣いているあなたに起きた私の知らない辛い何かと、世界中で一番の不幸は私だと思っていた私の辛い出来事とが、どこか似ている痛みのようなものを感じたからかもしれないと、今は理解が出来るのです。




飛行機の中で隣り合わせ、あなたの結婚式を終えるまで、私達は両手で数えて足りるほどしか顔を会わす事はありませんでしたね。



でも人の縁と云うものは、回数や年数ではなく、必要ならこうして巡って来るものなんだと、とても尊いものだと、私はあなたに教えて頂いたような気がします。



ごまかしの効かない人生を手に入れるために、心に積める荷物など、多分それほど多くはない。



ひとり、命の期限を見つめて思うのです。



本当に必要なものは何なのだろうと。



それはやはり明日への希望みたいなものなのかもしれませんね。


そんな事に今ごろ気付くなんて、新米神父のままの私は、正直な所少しだけの未練を捨てきれてはいないのかもしれません。



だから、あなたと私のような出会いとそしてこんな別れが存在しても、人生の中のほんの少し、あなたが修得しようとしている夢の途中で起きた、もうひとつの夢みたいなものだと、たまには三人で撮ったあの結婚式の写真も眺めて欲しいと思うけれど、私の事は早く思い出にしてほしいと勝手な希望を持っているのです。




これから私が迎えようとしている事が人生の終着点ではなく、あなたがこれから経験する新しい命の誕生と、私に迫り来る死は背中合わせのようだけれど、妻が言っていたように、あなたも、そして私も穏やかにそれを迎えられるようにと、今はそれだけを望んでいます。




それから麗子さん、
私が最後に呼ぶ名前がもし


「麗子」


だったら、それは妻の事ですから。



麗子さん、泣かないでと言っても、きっとそれは無理な事でしょうね。