『無明の果て』

岩沢の前では泣いてばかりだったのに、いなくなってしまった今もまた、この教会で私は天を仰ぐ。



「強がって…」



岩沢さん。



麗子さんの所で思いっきり泣くの?



麗子さんに会って



「早すぎるわ」



なんて叱られないの?


私に 岩沢麗子を重ねて、幸せだったかと聞いた本当の答えを、もう聞いてしまったかしら。



「えぇ、とても幸せだったわ。」



と、そう言ったでしょう。





岩沢の手紙は乱れのない力強い字で綴られ、それがかえって、これを書く事によって自分自身の意思を確認でもするかのように、一文字、一文字丁寧に、それは私の瞳の中から身体の隅々まで染み渡り、その鼓動までもが響いて来るような覚悟の文字に見えた。



高台の教会に静かに流れ出した音のない風が次のページをめくり、いつの間にか一行と絢が、私の座る階段の端で静かに待っている事にも気付かず、私はその手紙を読み続けた。




「あの時、飛行機の隣の席であなたが泣いている姿を見た時、久しぶりの日本に帰る事が出来たこの世にはもういない妻が、二十年分の涙を流しているような気がして、私はあなたに声をかけずにはいられませんでした。



中年男が興味本意に声をかけたと思われても、そうしないではいられない繋がりのようなものを、直感したのかもしれません。



でもまさか、同じ会社に籍を置いて居たことまでは、予想の枠を越えていましたが。