『無明の果て』

あの日、今となっては岩沢の最後の姿になってしまった、幸せに満ちた誓いの日。



この胸に刻み込んだあの時の空の青さと、今、同じこの教会で幼子を抱いて見上げる大空は、まったく違う残酷で無情な空に見える。



明日は追い掛けるものだと教えてくれた岩沢は、明日が来ないと知った絶望をたったひとりで忍びながら、神父となった時 私達に諭してくれたように、心に目と耳を開く事が大切なんだと自分自身に言い聞かせていたんだろうか。



大空を何度見上げても、何も変わってはいないよなんて、誰も語りかけてくれはしない。


「麗ちゃん」


一行が差し出した手紙は、私がいつかここに来る事を信じ、静かに時が過ぎるのを耐えていたんだ。



ごめんなさい…

こんなに待たせてしまって、本当にごめんなさい…




「麗ちゃん、絢に教会を見せて来るよ。


大丈夫?

ここにいようか?」




「ありがとう一行。

大丈夫よ。

ここで読むわ。

絢をお願いね。」


グズり始めた絢を抱いて、一行は中庭のある方へ歩き出した。



後ろ姿の肩が震えて、一度立ち止まり 一行は絢を抱き締め背中を丸めて泣いた。




濃いブルーの万年筆で書かれた封筒の宛名をしばらく眺め、私は丁寧にそれを開けた。



何枚もの便箋が、狭い封筒にぎっしりと収まっていた。




「鈴木麗子様




この手紙があなたの元に届くのは、アメリカでの仕事を終え日本に戻る時か、ご主人と、もしかしたら新しい家族と三人で、ここへ訪ねて来てくれた時かもしれませんね。



出来れば、その柔らかい小さな体を抱き上げて、またあの階段で、今度は四人で写真を撮りたいけれど、きっとそれは叶わない夢でしょう。



私が妻からの手紙を受け取った時のように、驚いている様子が目に浮かぶようです。


それとも、怒っているでしょうか。


あなたに黙って逝く事を、これも私の生きざまだと飲み込んで、どうか許してくださいね。