休暇のせいで遅れてしまった仕事も少しずつ埋まり、その間ちょっとさぼってしまった語学スクールにもそろそろ顔を出して、生活のリズムを取り戻そうと思いながら、どこか頭の隅で岩沢の事を考えている時がある。



会社を辞めた岩沢の本心を、その先にある決意の成り行きを知りたいと、ずっと思っている。



私の選んだ道が、苦あっての人生と自覚するには、今はまだ若すぎるという事を。


こんな事は苦なんかじゃないと、何年後かの自分が教えてくれるんだと信じている事を。

そしてそれが間違ってはいないのかと、岩沢に聞いてみたいと思っている。



帰りがけ、岩沢にメールをいれた。



”連絡が遅くなり申し訳ありません。


休暇で滞っていた仕事も落ち着きましたので、岩沢さんのご都合の良い日をお知らせくださいませ。

色々と聞いて頂きたい事も、箇条書きにしておきたいほどたくさんになりました。”


少しして


”会社を辞めた今は、都合などどうにでもなります。

よければ、これからいかがですか?

実は今、前に貴方と食事をした店におります。

少々飲んでおりますが。“



明日までの時間は、まだすぐにはやって来ない。


”飛行機で行きます。“


とメールを入れて会社を出た。



その店に入ると、岩沢は入り口に背を向け、隅のテーブルで片ひじを付き、何かを読んでいるように見えた。


「こんばんは。
遅くなりました。

もうスーツ姿ではないんですね。」


「あぁ、こんばんは。
似合わないですか?
ネクタイは卒業しました。

今飛んで来た飛行機はチャーターでしたか。」


そう言って笑いながら、私の椅子を引いてくれる動きは、やはり美しく、誇らしい。



こんな岩沢の仕草を、勘違いするような私ではないけれど、そんな事が当たり前になるような、今の岩沢が抱えた人生とはいったいどんなものなんだろうと、考えずにはいられないのだ。



そして静かに 読んでいた便箋らしきものを、上着の内ポケットにしまい込んだ。