『無明の果て』

一行がいつかやりたいと思っている事を、麗子さんはきっとしっかり解っていて、これからを生きて行くんだろうって。


一行が向かう所は、俺や園には行けない場所かもしれないな。」



倒れてもいいと。


その時は前へと。

教えてくれたのは涼なんだと、そう言った俺に


「もしそうだとしたら、俺に教えてくれたのは麗子さんだよ。」



十二時をまわった頃、静かにドアが開いた。

「ごめん、遅くなって。」


「ううん。

良かったね。

ゆっくり話せた?」


こんな一行の顔は、久しぶりのような気がする。


懐かしい「っす」なんて言っていた、あの頃のようだ。


「麗ちゃんによろしくって言ってたよ。

絶対にプロになるからって。」


「うん。」



もう泣かない。
涙は、もう似合わない。



私達は明日また、それぞれの陽が当たる場所へひとりずつ向かう。

「一行、明日は私が見送るわ。」


そうして空港の雑踏の中で、私は一行の手を握り


「行ってらっしゃい」
そう言った。


「麗ちゃん、ありがとう。

麗ちゃんも気を付けて行くんだよ。


それから、もうすぐ誕生日でしょ。

麗ちゃんその日、結婚式しよう。

アメリカで、ふたりで。」


もう泣かないって、誓ったばかりなのに。


大阪の空も、アメリカの空も、見上げれば同じ。



こうして、私のたった二日の休暇は、何年分にも相当するような深い想いに代わったのだ。



アメリカへ戻り、仕事の遅れを取り戻すのに、夜遅くまでの時間を必要とし、岩沢への連絡をするきっかけがなかなか見つけられずにいた。



そんな事を思っているのが通じたのか、今届いたメールは岩沢からだった。


そこには、会社を辞めた事、岩沢が何を目指しているのかが、丁寧に書かれていた。



”妻が置いて行った宿題の解き方が、少しずつ理解できる男に、今頃なろうとしています“


岩沢らしいと思った。
岩沢になら、私に起きた今までを話してみたいと思った。