『無明の果て』

「お昼キャンセルだったから、アメリカまで行かなくちゃって話してたんですよ。

私達をふって、何してたんですか。

明日戻るのに、鈴木君と離れちゃっていいんですか。」




「急に涼君と会う事になったのよ。
今は一行が涼君と会ってるの。」



物わかりの早いキャリアウーマン達は、


「そうですか。」


と言ったきり、詮索などしないのだ。


いつの間にか傷ついていたその傷口に、優しさがしみている。



そして一行は、待ち合わせた二人馴染みの店で、久しぶりに涼と肩を並べた。



「試合はいつからだ?」


「来週からしばらく続くんだ。
だから正幸先輩の結婚式も出られないんだ。
勝ち続けないと、プロ試験は難しいだろう。
明日からはこもりっきりだよ。」



「そうか。」


少しの沈黙がピーンと張りつめて、適当な言葉を探しているとまどいを、涼は静かに崩して行った。



「一行、情けないやつだと思ってるだろう。
空港でおまえに殴られて、こたえたよ。


俺がやろうとしてる囲碁ってさ、勝つか負けるかどっちかだろう。

半目しか負けてなくたって、惜しかったとか、もう少しとかないんだよ。


負けは負け。


俺はさ、お前の前で、恥ずかしい試合は絶対しない。


これが、空港で殴られたおまえに対する俺の返事だ。」



風になって、自由に大空を飛ぶ雲になって、みんな羽ばたこうとしていた。



明日一行が大阪へ戻ったら、私もまた遠くアメリカの地に身を宿す。


うまくいかない事も、悔しい事も、体ごとぶつかる覚悟はとっくに出来ている。



そして、一度や二度の失敗が、その先の全てを決定させるものなんかじゃない事も、私は解りかけてきた。



私が後に知るアメリカでのあの人の生きざまを、驚きながらも深くうなずける真意を、しっかりと教わることになるなんて、ここにもまた大切な運命が待ち構えていたのだ。



岩沢は会社を早期退職していた。