「あっ、少し前に涼が来ました。
その辺で会いませんでしたか?」



その言葉に



「ここに来たの?
ひとりで?」



私の方を見た一行の顔が、戸惑いと期待の入り混じった紅潮されたものに変わって行くのがはっきり分かった。



「一行、実はね、さっきのバーで待ってる時も、少し前に涼君が来たって言われたのよ。」



「元気そうでしたよ。
歌ってる途中で帰ったから、話せなかったんですけど。

ここへ来るのは二度目です。」



擦れ違い、また擦れ違い、まるで時間の速度が不規則なのかと思うほど、私達の前に偶然が訪れる事はなかった。


「園さん。

もしあなたが、一行とただの友達だったら、私達はきっと、生涯の友人になれたでしょうね。」



「はい。
私もそう思います。」


「園ちゃん、時間だよ。」


カウンターの奥から、マスターが呼んでいる。


園はそっと席を立ち



「じゃ、失礼します。
お気をつけて。」




「ありがとう。
園さんも、お元気で。」


凛とした姿のままステージに立った園は、目をつむり歌う。


その声をBGMに、一行は話し始めた。


「麗ちゃん、夢はさ、期間限定じゃないよね。

少しだけ分かったんだ。


涼も園も、仕事以外の所に夢を見つけたけど、麗ちゃんはそうじゃなかったよね。


キャリアウーマンとか呼ばれて、偉くなって、あのままだって充分だったはずなのに、ずっと先を見ていてさ。

俺はさぁ、今やらなくちゃいけない仕事に夢を持ってたはずなんだ。


麗ちゃんに憧れて、麗ちゃんの事好きになって結婚して、それと…仕事。

自分のやるべき仕事。」


必要な荷物を、自分で全部引き受けようとして、そして私はそれに甘えて、アメリカまで飛んだ。



「一行、本当はこのまま一緒にいた方がいい?」



「麗ちゃん、もう大丈夫だよ。

麗ちゃんがアメリカへ行こうとした気持ちが、ようやく分かりかけて来たんだ。」



「一行、夢は期間限定よ。

死ぬまで一緒にいる間、ずっと。」