どうして……

 どうしてだろう……

 どうして僕らは

 すれ違ってしまうのだろう……



 幼馴染のあいつ、美優
みゆ
は僕、琢磨の初恋の相手。
 小さな頃から何をするにも一緒で、今もこうして同じ高校に通っている。今までそれが当たり前のことだと思っていた。
 けれど僕には、心に秘めた思いがある。

 お前が好きだ。

 ずっと言えないまま、心の奥底に封印された言葉。それが大きく膨らんで、今にも破裂しそうになっていることを僕は感じている。
 それを知りもしないあいつは、今日も屈託のない笑顔を僕に向けてくる。その笑顔が眩しくって、僕は怒ったようにそっぽを向くと、あいつを置き去りにして改札を通り、ホームへの階段を足早に昇った。
「何で置いてくのよっ!」
 膨れっ面をしてみせる美優。その顔も可愛くてたまらないんだけど、それは口が裂けても言えない。
「お前がトロトロしてるからだろうが」
「トロトロなんてしてないっ!」
「してたの」
「してないってばっ!!」
 いつもこんな調子で、下らないことで喧嘩ばかりして、それでも一緒にいた僕たち。だけど幼馴染み以上に進展しない僕たちの関係に、僕は苛立ちを感じ始めていたんだ。
 言い争ってる間に、満員電車が到着した。僕たちは一瞬目を合わせ小さく頷き合うと、開いた目の前のドアに一緒に飛び込む。僕は美優をドアの横のコーナーに押し込むと、手すりをがっちりと握り締め、彼女を守る小さな空間を作る。そこで美優はいつもほっと息をついて、僕の顔を見つめてニッコリと微笑む。「ありがとう」なんて言葉をかけてもらったことはないけど、その笑顔を見るたび、僕のささやかな努力が報われるような気がしていた。でもその笑顔が、いつか他の誰かに向けられる日が来ることを思うと、僕の心は狂おしいほど切なくなるんだ。



 そんな満たされない日々を重ね、高校卒業の日が近づいたある日、美優の思いを知りたいと願った僕は、自分の思いを行動に移すことに決めた。
 いつものように並んで駅までの道を歩く僕たち。なるべく大げさにならないよう、さりげなさを装って僕は美優に声をかける。
「あのさ、ちょっと話聞いてくんないかな?」
「何?」
 僕の様子がいつもとは違うことを感じ取ったのか、美優が緊張してるのが僕に伝わってくる。
「あのさ、ホントに今さらなんだけど、俺さお前のこと……」
「ちょっと待ってっ!」
 真剣な表情をした美優が僕の言葉を遮る。
「何だよ……」
 そう言って不満げに鼻から息を抜いた僕から、美優は目を逸らして悲しげな表情をしている。俯いて何かを考えている様子だった美優が、顔を上げ口を開いた。
「今は言わないで」
 その答えに僕は納得できず、美優に問いを返す。
「どうして?」
 それの対する美優の答えは、僕には受け入れがたいものだった。
「今は琢磨のこと、そういうふうには見られないから」
「何だって?」
「急に言われても、素直に受け入れられないの」
「それはどういうことだ?」
「今琢磨の気持ちを伝えられても、私、それに応えてあげられない」
 そう言って涙を浮かべる美優。その言葉と涙に絶望感しか抱かなかった僕は、美優の真意を測ることすら出来ず、その時最大の失敗を犯してしまったんだ。
「わかった、もういい」
 僕はそう言い捨てると、美優に背を向け歩き出そうとした。美優が僕の制服の袖をつかむ。
「待ってっ!」
「何だよ……」
 不愉快さをはっきりと表した僕の顔を見て、美優は少したじろいだ様子だったけど、涙に濡れた瞳に強い光を宿すと僕に尋ねる。
「何がわかった、って言うのよ?」
 もう売り言葉に買い言葉だった。
「お前が僕のこと、何とも思ってないってことだよっ!」
 叫ぶようにそれを口にした僕。美優は怒りとも悲しみともつかないような顔をしていた。
「どうして、わかってくれないのよ……」
 そう言った彼女の頬を一筋の涙が伝う。僕はその問いに答えを返すことなく、涙を流し続ける美優を残して、その場を立ち去ったんだ。



 そのまま言葉を交わすこともなく月日が過ぎ、僕たちは卒業の日を迎えた。旅立ちの時を迎えることになれば、少しは晴れやかな気持ちになるかと思っていたけど、僕の気持ちはちっとも浮き立たなかった。
 卒業後地元に残って進学することになった美優。僕は都会での就職が決まり、明日この街を発つことになっている。こんな気持ちのまま離れ離れになってしまうことを思うと、僕の心は暗澹たるものに支配されていく。今いる場所に居たたまれなさを感じた僕は、名残を惜しむ級友たちを尻目に、足早に母校の校門を後にした。



 翌日。

 僕は小さな荷物を抱え、駅のホームで都会へと向かう列車を待っている。
 目的の列車が到着する旨のアナウンスがホームに流れ、しばらくするとゆっくり入線してきた。
 開いたドアに乗り込もうとした瞬間、視界の隅に息せき切って階段を昇ってくる女性の姿を捉えた。

 美優だった。

 明らかに誰かを探している様子の美優。それが自分ではないと思い込んでいた僕は、見たくないシーンに遭遇しないよう足早に列車に乗り込んだ。
 発車のベルが鳴り響く。それを切り裂いて聞こえてきた声。
「琢磨っ!」
 僕を呼ぶ美優の声だった。信じられない思いで踵を返した僕の目の前で、無情にも列車のドアが閉まる。
 動き出した列車の窓の向こうには、涙でくしゃくしゃになった美優の顔がある。何かを伝えたいのか、美優の唇が動く。

 ア・ナ・タ・ガ・ス・キ

 「あなたが好き」

 美優の唇は確かにそう動いた。それを確認した僕は、大きく頷いて返事を返す。
 スピード上げていく列車の窓に、美優の姿が見え隠れしながらもついてくる。だけどそれも、ホームの端に美優が達してしまったことで終わりを告げる。
 ホーム終端の手すりに乗り出すように、僕が乗った列車を見送っている美優。急速に小さくなっていくその姿を、僕はずっと見つめていたんだ。見えなくなってしまうまでずっと。