天神楽の鳴き声

裏口から出た雛生は家の陰に隠れる。切れ長の目とさらさらとした髪の男性。一見、優しそうな印象を受けるが、底知れない恐怖を覚える。

市場で会った人だ…!!

「ここの人間じゃない、新入りの女がいれば、私達に会わせていただきたい」
「はて、女とは、どこの?」

沚依はにこにこと変わらぬ笑みを浮かべながら、落ち着いた調子で話す。

「そもそも、名乗らないあなたに渡す情報などありません」
「それは失礼、私は雪千夏(ユキチカ)。私は天命に従い、ある女を捜している。」
「そうですか、私は沚依。あなた方に告げます。たとえ、この村の人間ではない余所者がいたとしても、あなたに会わせる事は出来ません。即刻立ち去りなさい。」


そうですか、と雪千夏は呟く。

「…ぐ、ぁああ…!!」

瞬間、雪千夏は沚依の首を占める。優しげで柳のような印象を受ける雪千夏だが、腕力が強いらしく、簡単に沚依が地面から浮く。
事態を見ている村人から悲鳴があがる。雪千夏は口許を歪め、沚依を掴んでいた手を離す。沚依が地面に転がり、苦しそうに咳をする。

雛生は思わず駆け出し、沚依に駆け寄る。

「…なにやってる…んですか?!」

なにやってるかは、私の方だ、何も出来ないくせに、正義感と自己満足で飛び出す。沚依は雛生を見て、戻りなさい、と小さく呟いた。

戻りたい、私だって戻りたいよ。

だって、でも、目の前から逃げてはいけない。宮に居た、何も知らない、理想ばかりを吐く小娘から卒業しなくてはいけない。