天神楽の鳴き声

「君の頭の中にその人はいるわけではないのだから、君一人悩んでも前には進まないよ、そういうことなんだ。そしてね、」

彰榮は、饅頭をつまみ、雛生に渡して笑った。

「そんな人がいるって、幸せな事なんだ。」

彰綺の言葉が蘇り、雛生は聞く。

「彰榮さんの結婚しようとしてたっていう人ですか?」

すると、彰榮は、彰綺がいったんだな、と苦笑いした。そして、そうだよ、と頷いた。
彰榮は仕事場の片隅の屏風で仕切ってある場所を指で示した。


「彰綺なんかは、こんなところよりも、違う場所にっていったんだけどね、羽佳(ハカ)は僕の仕事場を大事にしてくれてたから…目の届く所にって意味でもあるけど…」
「羽佳さんは…」
「僕が作るものを楽しんでくれる人、…僕には、勿体無いぐらいの人だったかな……御茶、そろそろ片付けるね、」

彰榮は湯呑と皿を手際良くまとめ、その辺見てていいから、といって、部屋をあとにする。
残された雛生は、屏風で仕切られた場所に目線をうつす。

漆蕾の病の人、そう、雛生は呟いて、屏風をゆっくりずらした。

寝台に寝かされたその女性、羽佳は、ゆっくりと息をしていた。白い肌に頬は薄く桃色に色づいていて、今にも起きそうな印象を受けた。手首を見ると、黒い痣、見ようによっては蕾に見えなくもないものが、着物で隠れている部分も広がっているのが、容易に想像出来た。禍々しいそれは、白い肌に異色の存在感を放っていた。

ふいに沚依が言っていた言葉を思い出した。

『力を引き出す時は、自分の得手とするもので呼び込むの。』