100メートル走が終わり、男子達のもとへ向かおうとしたその時。
「おい!」
子供みたいな男の子の声がして、小さな体で行く手をはばまれた。
同じチームである目印の赤いハチマキを巻いている。
短髪で、ひょろっとしていて、目が大きい男の子。
「あ、ほら、あの時の」
香織が先に思い出した。
練習中に雄平と衝突していた男の子だ。
「“将太君”」
香織が耳打ちして教えてくれる。
「名前教えろ!」
「へ?」
将太君は、あたしのことをじっと見ながら、突然そんなことを言ってきた。
「あたし?伊田です。伊田杏奈」
すると将太くんは、ブツブツと「伊田杏奈、伊田杏奈」と確認している。
かと思うと、また突然、
「おい、杏奈!」
「あ、杏奈!?」
突然の呼び捨てに唖然とする。
「杏奈、次の1500メートル、見ててくれ」
「は、はぁ」
将太君の勢いに押されて返事するけれど、状況を把握できていない。
「絶対見てろ、絶対だぞ」
指差して念を押しながら、将太君は去って行った。
「何…?」
ぽかんとしていると、香織が笑う。
「見てて、だって。将太君、かわいいっ」
「ね、どういうこと?」
「かっこいいとこ、見せたいんだね」
かっこいいとこ、か。
「ま、いいんじゃない。将太君も同じチームなんだし、近くで応援しよ」
「う、うん」
あたしは香織が促すままに、グラウンドのトラック脇を陣取った。



