香織の上履きの爪先と、床の木目とを、視線がふらふらと漂う。
何か言わなければならないと思っても、言葉が見つからない。
香織と話がしたいと思っていたはずなのに。
あたしはいったい、何を話すつもりだったのだろう。
頭が働かない。
「そんな傷付いた顔しないでよ」
ふいに落ちてきた香織の低い声に、あたしは思わず顔を上げる。
目を疑った。
香織は、笑っていた。
口の端だけで。
とても冷たい目をしていた。
「本当は、まわりくどいのは嫌いなの」
香織は鞄のふたを閉めて、その上に手を置いた。
そして、あたしの目を見る。
こんなに冷たい表情の香織を見たことがあっただろうか。
柔らかな笑顔を絶やすことのなかった香織の顔から、今、全ての感情が失われたようだった。
彫刻のようなその顔は、怖いくらいに綺麗だった。
その形の良い唇が動き、一つずつ確かめるようにして、言葉を繋ぐ。
「はっきり言う。あたし、杏奈のこと、嫌いなの」
その瞬間、目の前の景色が、色を失くした。