今だけは、あの瞬間に戻れる気がした。


ほんの数十秒だけ、あの特別な夜に。


あたしはきっと、あの時から雄平が好きだった。


ドキドキする胸の正体に気付くのに、ずいぶん時間がかかってしまったけれど。


今、はっきりと言える。


あたしは、伊田杏奈は、小野雄平のことが、大好きなんだ。


あふれそうになる涙をこらえるように、少し上を向いた。


キャンプファイヤーから立ち上る煙や火花が、真っ暗な空に吸い込まれていく。


あの煙のように、あたしの気持ちも空へ消えていけばいいのに。


あたしの想いは、どこへ行くの?


雄平…。


好きだって言えたら、楽になれるかもしれないのに。


自分の心の中だけに留めておくなんて、苦し過ぎて、もう耐えられない。


でも言えない。


助けて、雄平。


あたしの迷子の気持ちを、あの日のように抱きとめて。


祈るように、あたしはもう一度、雄平を見上げる。


雄平もあたしを見た。


残酷にも、フォークダンスの陽気なフレーズが、あたし達の時間の終わりを告げる。


雄平が、あたしの手を離した。


あたしの隣に留まることはできない、そう言われている気がした。


あの夜に戻れないのと同じように、雄平はもう戻ってこない。


もうすぐ曲が終わる。