……ホームへの階段を駆け上がると、目の前の電車のドアが閉まり始めていた。
「あ、ちょっと待て! 乗る乗る!」
 慌てて乗車口へと駆け寄った俺だが、無常にもドアは目の前で閉まり、動き出してしまった。
 ガタタン、ガタタン、ガタタン。
「んだよ! くそっ!」
 俺は持っていた缶を電車に投げつけたが、去ってしまった電車に何をしても遅かった。
「あ~あ、今のが最終じゃないのか? もう帰れねえじゃねえか。タクシーで帰れとでも言うのかよ!」
 憤慨する俺の耳に、微かにアナウンスが聞こえた。
「……まいります。白線の内側まで下がってお待ち下さい」
「なんだよ。まだ最終は行ってなかったか」
 俺は酔っぱらってホームから落ちないように、必要以上に後ろに下がり、ボーっととする頭のまま電車を待った。
 ガタタン、ガタタン、ガタタン。
 やがて電車が到着した。
 プシューッ。
 目の前のドアが開いたが、降りる客は誰もいない。いや、それどころか、ホームにはいつの間にか俺だけの姿しかなく、他の客や駅員の姿もない。
「……とにかく乗るか。この時間だ、各駅停車に違いないしな」
 俺は車両へと乗り込み、手近な座席へと腰を下ろした。
 プシューッ。
 ドアが閉まり、電車はゆっくりとした動きで進み始めた。
「やれやれ、これで家に帰れるぜ」
 行儀は悪いが疲れていた俺は、同じ車両内に他の客がいないことを確認すると、座席に横になり荷物を枕にした。
 今は11時3分か。俺の降りる駅に着くまで30分くらいだし、少しくらい寝ても大丈夫だろ」
 俺は腕時計を最後に確認すると、意識が急速に薄れていくのが分かった。最後にふと思ったのは『最終電車の時刻は10時58分』じゃなかったかという事だけだった。