高鳴る鼓動を押さえ込むようにして一塁にたどり着くと、球に追いついたライトから矢のような返球が俺の頭上を通過した。
 振り返ると、柳田がホームへ突っ込むのと、ボールを補給したキャッチャーとが交錯する瞬間が見えた。
 ……大丈夫だ! 柳田の方が一瞬早い! セーフだ!
 俺は勝ちを確信してガッツポーズを作った……。しかし、ホームから聞こえて来た主審の判定の叫びは逆だった。
「アウト!」
 一瞬の沈黙の後、観客からの耳をつんざくような悲鳴と歓声。
「う、嘘。嘘だろ!」
 俺は納得できずに立ち尽くしてしまったが、判定が覆る事は決してなかった。
 ……そして、俺たちは負けた。
 そのまま延長戦に入り、リリーフできないウチのチームはエースが打たれ、3点差をつけられて一回戦で敗退した。
「ううう。うう。ううう」
 みんなナインは泣き崩れながらも甲子園の砂を砂袋に詰め始めた。
 ……俺は何か悪い夢でも見ているかのようだったよ。あの9回のウラの攻撃から時間が止まってしまったかのような気分だった。とてもみんなと一緒に砂を詰める気にはなれず、一人で控え室へと引き返すことにした。
「何でだ。何で俺たちは負けたんだ。俺がリリーフ出来なかったからか?」
 放心した気分のまま控え室に入ろうとすると、中から声が聞こえてくるのが分かった。
「何だ? 誰かいるのか?」
 俺は部屋に入らず、ドアに耳をつけて中の会話を窺った。
『……ええ、はい。どうも。約束どおり……タッチを外して……お金は銀行に……』
 誰かが携帯電話で話しているのだということは分かったが、その内容までは分からなかった。
 ガチャリ。
「あ! 山﨑先輩。お、お疲れ様でした。す、すいませんでした。俺がもっと早く走っていれば……」
 中にいたのは柳田だった。慌てて携帯を切って後ろ手に隠したが、バレバレである。
「いや……いいんだ。一生懸命頑張ったし、悔いはないよ」
「そ、そうですか……あ、いけない。砂袋を取りに来たんだった」
 柳田は凄く居心地が悪いようにしていたが、やがて砂袋を持つと、出口へ向かった。