ゆっくりとこちらに歩いてくるドッペルゲンガーの視線は、射抜くように真っ直ぐ僕を見ていた。そして、ゆっくりゆっくりと距離が縮まるのに比例して僕の心臓は早鐘を打った。
 ドクドクドクドクドク。
「うああああ、ああああ!」
 心臓が飛び出るかのような錯覚を覚えたよ。僕はドッペルゲンガーの凍りつくような視線に身動きが取れず、近づいてくるその姿から逃げる為に瞼を閉じた。
 ……瞳を閉じたら余計に怖くなってしまったけど、もう再び瞼を開ける事はできなかった。
「た、助け……助けて……」
 僕は近づいて来る見えない気配から逃げたくて逃げたくて叫び出しそうだった。でも、舌も麻痺してしまったようで悲鳴すらもあげられない。いや、たとえ悲鳴を上げても全てが無となったこの世界で、誰が僕を助けてくれる?
 気配がすぐ目の前に到着し、その殺意のような感覚が高まって僕が心の中で断末魔をあげた時!
「おい! 淳! 淳! どうした、大丈夫か!」
 よく聞きなれた声がして、僕の肩を後ろから誰かが掴んだんだ。
「と、徹……」
 ……僕の目の前には誰もいなかった。先程まで感じていた気配や殺意も消えた。
「どうしたんだよボーッとして。それにお前……凄い汗だぞ」
 振り向いた僕の目に、僕によく似た顔が飛び込んできた。
 空調の整った地下で、僕は一人滝のような汗を流し、背中に張り着くシャツや掌の汗の不快感よりも、取り戻した平和をゆっくりと噛みしめていた。