「徹はもう来てるのかな?」
 僕は独り言を呟きながら食品街を歩いた。徹とはこのフロアーにいるという事しか決めてなかったから、もしかしたら既に来ているかもしれなかった。
 ブラブラと饅頭やら、最中やら、惣菜やらを見ながら歩いていると、突然異変が起きた。
 キィィィィィン。
 ……周りの音が消えた。何か耳鳴りのような甲高い金属音だけを残して、先程までうるさかった周囲の雑音が一気に掻き消えたんだ。
「な、いったい何が……」
 僕はまた呟いたけど、今度は耳の奥で自分の声が聞こえていて、実際に口から言葉は出てなかった。
 バシュウウウ。
「か、身体が……動かない!」
 ……本当に突然の事にビックリしたよ。音だけじゃない、今度は色が消えたんだ。白と黒だけのモノクロの世界が眼前に広がった。
 信じられない事だった。色も、音もなくなった世界、モノクロで動きを止めた人々、でも僕の頭は凄くスッキリしていて、慌てながらも、どこか落ち着いて冷静に頭の中から事態を伺うもう一人の自分がいるような……そんな感覚だった。
 そして……一人だけ、少し僕から離れた位置に、徹がいた。
「と、徹……じゃない!」
 目の前に現れた徹と思った人物を、僕は直感で徹ではない……いや、徹でも僕でもない、人間じゃない! って思ったんだ。
 ……目の前に現れたのは、おそらくドッペルゲンガーだったんだと思う。
 ドッペルゲンガーはなぜか僕達が取材で着ていたスーツを着ていた。そして、モノクロの静止した世界を、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
「ううう! うううううう!」
 ……声にならない悲鳴を上げたよ。ドッペルゲンガーから、僕は何か奇妙な感じを受けた。今まで生きてきて感じた事のない感情だった。それは身の毛がよだつ、殺意とも取れるような神秘的な力だった。