わずかに、ほんのわずかにだが、ミクが反応した気がした。
「そうか、何かやり残したんだな? だからお前は成仏できないんだな?」
「……」
 声は出さないまでも、明らかに肯定の意思は伝わった。
 ママが洗い物を終えて居間に戻ってきた。
「ミクは生前に描き残した絵があるのよ。もしかしたら、それかも……」
 ママが言っていたのは、ミクの3歳の誕生日を祝って連れて行った動物園の絵だ。初めての動物園にミクは大興奮し、ライオンだ、クマさんだとおおはしゃぎで絵にしていた。もちろん三歳児が描く絵だから線や丸などのいびつな幾何学模様が少し並んだ程度のもので、とても動物になど見えなかったけれど。
「ミクはペンギンさんが見られなかったと言って大泣きしたわ。きっとそのせいで完成しなかった絵に未練があるんじゃないかしら?」
 二人は目を見開いてミクを見た。
「……」
 ミクからは何の反応もない。
「とにかく、明日ミクを連れて動物園へ行こう」
 ……。
 次の日、気持のよい程に快晴となった休日。三人は開園と同時に動物園を訪れた。
「ほらミク。あれがペンギンさんだぞ」
 ミクの手を引いてペンギンのコーナーに連れていく。
「……あれ、おかしいんじゃない?」
「しっ、聞こえるだろ、バカ」
 他の一般客にミクの姿は見えないらしく、何もない空間に手をとったり、話しかけたりする姿は異様な光景に見えるのかもしれない。でも、自分たちには見える。精一杯のおしゃれをさせてやり、お弁当もちゃんと三人分用意してきた。他の家族と何も変わらない。休日の家族のひと時を過ごしていた。
「しっかり見て、後で絵に描こうね」
 ママは笑っていた。本当にミクが生き返ったかのようにミクと動物園を楽しんでいた。
「……」
 それでも、ミクの表情、白目は何も変わらない。もう、笑うことも怒ることも、泣くことも、はしゃぐこともない。
 少し遠くで二人を見つめるパパには、その姿が……辛かった。
 ……。